スマホ割引販売が無くなる?Apple SIMは脱インセンティブ販売を広げるか|山根康宏のワールドモバイルレポート

日本でスマートフォンを購入する場合、通常は通信事業者と2年契約を結ぶことが一般的だ。2年契約により端末は毎月の割引を受けられ、その結果実質無料で購入できるケースもある。この販売方法は海外でも一般的で、割引の方法が異なることもあるにせよ、複数年契約と端末割引はどこの国でも行われている。だがAppleが新しいiPadに採用したApple SIMが端末の売り方や契約方法を大きく変えようとしているのだ。

スマホ割引は事業者にとって大きな負担に

通信事業者がスマートフォンを割引販売する際、その原資は通常通信事業者自らが身銭を切って出している。魅力ある端末を売ることで顧客を自社に呼び込むために、端末の値引きは営業経費というわけだ。とはいえ毎年の料金の値下げ圧力や、基本料金内で利用できるデータ量の引き上げ、そしてLTEネットワークへの投資など通信事業者を取り巻く環境は年々厳しくなっている。また今やほとんどの加入者がスマートフォンを購入するため、端末割引の持ち出し分も年々増加している。

この動きに対し、香港では新規契約時、端末同時購入と端末無しの場合で基本料金に差をつける通信事業者が相次いでいる。例えば4万円のスマートフォンを通信事業者が無料で販売するとしよう。そのためには毎月3000円のプランに2年間加入する必要がある。ところが同じプランでも、端末無し、つまりSIMカードだけの契約ならば毎月の支払額は2000円となるのだ。

加入者は端末代金4万円がまるまる値引きされているように見えるが、端末無しの場合よりも2年間1000円上乗せされるため、2年間で2万4000円を余計に支払っていることになる。その結果、端末の割引分は実は4万円ではなく1万6000円にしかならないのだ。事業者はこのようにして端末割引金額を実質的に引き下げているのである。

香港では契約時に端末割引ありと無しで基本料金が異なる
香港では契約時に端末割引ありと無しで基本料金が異なる(金額は香港ドル)

他国でも香港に類似した動きは見られ、各国の通信事業者にとってスマートフォン新規契約時の割引は実はやめたいのが本音にもなっている。だがライバル他社が割引を続けている以上やめられないという状態が続いているわけだ。一方消費者側にとっても、2年間で端末無料はメリットがあるようで、同じ端末を2年間使い続けなくてはならない。

つまり途中でよりいい機種が出てきても気軽に乗り換えできないわけだ。そして通信料金も2年間変わらないというデメリットもある。香港の例でいえば、通信料金の値下げや無料利用分の増加は半年から1年ごとに行われている。そのため2年契約の後半は、その時の最新プランに比べてお得ではないプラン内容で使い続けていることになってしまうのだ。

端末割引をやめたアメリカの通信事業者

このように事業者にも消費者にもメリットだけではなくデメリットもある端末割引販売にメスを入れる事業者が出てきている。アメリカのT-Mobileはいち早く端末割引を廃止し、いつでも解約できるというシンプルなプランへの移行を進めた。T-Mobileと契約する際に端末は定価相当で購入することが必要となる。とはいえいきなり5万円も6万円もする高いスマートフォンを一括で購入するのは大変だろう。そこで端末は24回の分割払いを提供し、毎月の基本料金と合算して払えるようにしている。契約はいつでも停止してOKで、端末の代金のほうは分割が終わるまでは継続して支払いが必要だ。

例えばiPhone 6の16GBを購入したい場合、まず基本料金は50ドル/月となる。ちなみにこのプランで利用できる無料データ分は1GB。そしてiPhone 6の価格はは649.92ドル。契約時に649.92ドルを払えば、後は毎月50ドルの基本料金を払い、いつでも解約できる。契約時に一括購入できない場合は、27.08ドルの24回払いでの購入も可能。そうなると毎月の支払額は50+27.08ドル=77.08ドルになるわけである。

T-MobileでのiPhone 6の販売価格。
T-MobileでのiPhone 6の販売価格。0ドルと書いてあるがこれは初回支払金額。実際はその下の27.08ドルの24回払いとなる

端末割引なしのプランは端末代金が高くて損をするようにも見える。ではT-Mobile以外のアメリカの通信事業者、Verizon Wirelessの端末割引プランと比較してみよう。Verizonは2年契約でiPhone 6を199.99ドルで提供している。毎月の基本料金は無料データ1GBで80ドル/月だ。

それでは2年間の総額を比較してみよう。T-Mobileは50×24+649.92=1849.92ドル、Verizonは80×24+199.99=2119.99ドル。なんと端末割引の無いT-Mobileのほうが2年間のランニングコストが安上がりになるのである。もちろんデータ量の異なるプランではこの差が縮まる場合もあるが、「2年間いくら払うのか」を考えると、端末割引が無いプランも決して高いわけではないのだ。このT-Mobileの動きにはAT&Tも追従を始めており、2014年第2四半期(4-6月)は契約者のうち44%が端末割引の無いプランを選択したという。

端末割引なしのプランを選ぶのならば、何もiPhoneを通信事業者から買う必要は無く、Appleストアへ行って直接その場で購入してもよいわけだ。自分のクレジットカードが分割払いが自由にできるなら、2回払いでも6回払いでも36回払いでもよい。回線は回線として契約し、端末は別途自由に選んで購入する。すなわち端末割引なしのプランの導入は、消費者に自由な端末の購入機会を提供することにもなるのだ。とはいえ事業者で2年契約したほうが端末が安くなるケースもスマートフォン機種によってはあるため、事業者によってはAT&Tのように割引あり、割引なしの両プランを併用していくのではないだろうか。

割引なしプランを喜ぶのはAppleか

T-MobileやAT&Tの動きを歓迎しているのは恐らくAppleだろう。Appleは10月17日に発表したiPad mini 3とiPad Air 2のアメリカ版に、新しく「Apple SIM」を装着して販売を開始した。このApple SIMはiPadの携帯電話機能をONにしたあとで、自分で好きな通信事業者を選ぶことができるという、コンシューマー向け端末としては初めての機能を搭載している。10月時点ではアメリカのAT&T、Sprint、T-Mobileと、イギリスのEEをApple SIMから選ぶことができる。つまりこれらの新しいiPadを買った客は、もう事業者の店に行くことなくiPad上でどの事業者と契約するかを自由に選べるのだ。

Apple SIMはAppleストアが販売するiPadに装着され販売されているため、iPadの値段は定価、つまり事業者による割引は受けられない。だがT-MobileとAT&Tはすでに端末の割引なしプランを始めているため、AppleストアでiPadを買っても、事業者で割引なしプランで購入しても価格は同等になる。つまり事業者の割引廃止はAppleとにとって新型iPadがどこでも買っても同じ価格になるということで売りやすくなり、しかもAppleストアで販売すればApple SIMの普及を広めることも可能になる。

事業者との契約をiPad上から自由に選べるApple SIM。現在はiPadのみ対応で、契約期間も短期に限定
事業者との契約をiPad上から自由に選べるApple SIM

Apple SIMの利用者が増えれば、いずれは複数利用できる事業者同士で料金割引がはじまり、AndroidやWindowsタブレットよりも安価な料金で利用できるようになるかもしれない。そうすることでiPadの優位性をより高めることも可能になるだろう。

なおApple関係者によれば現時点ではiPhoneへのApple SIMの導入は考えられていないとのこと。だが事業者の端末割引が廃止の方向に向かえば、iPhoneにもApple SIMモデルが登場する可能性は十分に高い。そうなるといずれiPhoneは事業者の店で買うのではなく、Appleストアで買ってから自分で事業者を自由に選び、後から好きな事業者に自由に乗り換えることができる時代がやってくるかもしれないのだ。端末割引なしプランがアメリカ以外にどれだけ広がるか、そしてApple SIMの動きは他社にも広がるのか、今後の動きに注目したい。

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