ASUSのZenFoneシリーズと言えば、日本でも2万円台から買えるSIMフリースマートフォンとして人気の製品だ。そのZenFoneシリーズの最新モデル、「ZenFone 3」「ZenFone 3 Deluxe」「ZenFone 3 Ultra」が2016年5月に発表された。この3モデルはこれまでのASUSのスマートフォン戦略を大きく転換させるモデルとなる。
2014年に発売した「ZenFone 5」はコストパフォーマンスに優れた低価格なミッドレンジモデルで、世界各国でヒット商品となった。その後継モデル「ZenFone 2」は、画面サイズや解像度を変更したモデルに加え、カメラやバッテリーを強化したモデルを複数リリースするなどラインナップを大きく拡大させた。日本でも低価格なMVNO、いわゆる「格安SIM」ブームの立役者でもあり、単体契約したSIMの受け皿としてZenFoneシリーズは売れまくった。ZenFoneの累計販売台数は全世界で2800万台にも及んでいる(2015年末現在)。

そんな好調なZenFoneも、この先は試練が待ち受けているかもしれない。先進国のスマートフォン需要が一巡した今、数を稼げる市場は新興国になっている。その新興国では中国のODM/OEM調達による製品が大量に出回っている。すでにインドなどではスマートフォンの売れ筋モデルの価格は日本円で1万円前後。しかも地元資本のメーカーは毎月のように低価格な新製品を投入している。彼らの売り方は1モデルを一定量長く販売するのではなく、少量生産したものを短期間で売りぬくのだ。そのため古い製品が陳腐化して店頭で埃をかぶることも無く、また消費者は常に新しい製品を店舗で見つけることができる。
今後新興国のスマートフォンの低価格化は一定のレベルで落ち着くことになるだろう。部品の調達コストを考えるとスマートフォンが1000円になことは考えにくいからだ。だがその一方でCPUの高スペック化や金属製ボディーの採用など製品の品質は高まっていく。中国で彗星のように現れて一気に人気メーカーとなった「LeEco」のスマートフォンも、2015年の初代モデルの低スペック品はプラスチックボディーで約2万4000円だったが、2016年モデルは約1万4000円に値下がりしたうえで金属ボディーとなっている。もちろん2016年モデルはカメラ画質など細かいスペックも上がっている。

初代ZenFoneが登場した2014年当時は、価格とスペックと本体の仕上げは十分なものだった。しかし今や新興国でも金属ボディーの質感の高い製品を適価で買える時代となっている。そしてZenFoneの価格ですら、新興国では高い部類に入ってしまうのだ。そこでASUSはZenFone 3シリーズで本体の質感を引き上げるとともに、ブランド力を高めるために高スペックなハイエンドモデルを新たに投入した。
まず最低スペックとなるZenFone 3は本体背面をSonyのXperiaシリーズのようなガラス仕上げとした。金属ボディーの低価格スマートフォンは増えているが、ガラスを採用した製品はまだ多くない。これまでのZenFoneにあったいい意味でのカジュアル感は一気に消え去っている。価格は249ドルが予定されているが、追って画面サイズと解像度を引き下げ2万円程度の低価格モデルも投入してくるかもしれない。ZenFone 3はコストと品質のバランスに優れた製品として、2016年の新興国でも十分戦えるだけの製品に仕上がっているだろう。
一方上位モデルのZenFone 3 Deluxeは、先進国も視野に入れた製品だろう。ZenFone 2シリーズはカメラ強化やバッテリー強化モデルなど複数のラインナップを擁し、またメモリ容量を上げた上位モデルも存在した。だがいずれもミッドレンジ機の派生モデルであり、iPhoneやGalaxy Sシリーズなど大手メーカーのハイエンドモデルと比較できるモデルは無かった。
しかしZenFone 3 Deluxeはチップセットにハイエンドモデル向けのSnapdragon820を採用、メモリはRAM6GB、そしてカメラは2300万画素となっている。ディスプレイは5.7インチと大きめだが、ベゼル幅を薄くしたことでそれほどの大きさを感じることも無い。そして本体は金属素材をZenFoneシリーズとして初めて採用した。このよういnZenFone DeluxeはZenFone 3のラインナップの中で実質的なフラッグシップと呼べる存在になっているのだ。ディスプレイの解像度がフルHD止まりではあるものの「ZenFoneは良さそうだけど、スペックが物足りない」と考えていた先進国のアーリーアダプタ層にも注目される存在になるだろう。量販店などでも他社のハイエンドモデルと同一に並べられることで、ZenFone=安くが低スペック、というイメージも払しょくすることもできる。

その結果、ZenFoneに対するブランド力も今以上に高まるはずだ。そしてこれらの効果は先進国だけではなく、途上国でも有効でもある。低価格なZenFoneを買ったユーザーが次に製品を買い替える際、他社品とZenFoneを比べてZenFoneに高性能モデルがあれば、同じメーカーの製品として品質への安心感を提供できる。また現在ZenFoneを使っているユーザーが今以上にスマートフォンを楽しもうと次の機種へ買い替える際、ZenFone 3 Deluxeへの乗り換えも促せる。もしZenFone 3 Deluxeが無ければ、それらのユーザーはすべて他社へと流れてしまうだろうから、ZenFone 3 DeluxeはASUSにとって顧客流出を避ける意味でも重要な意味を持つ製品なのだ。
ASUSはこの2モデルに加え、6.8インチと大型のZenFone 3 Ultraも合わせて投入した。7インチのタブレットが1万円程度で買える中、ZenFone 3 Ultraは479ドルと比較的高価だ。しかし金属ボディーの高い質感に高性能なカメラを搭載するなど、格安タブレットとは全く異なる製品となっている。ベゼル幅もZenFone 3 Deluxe同様狭く、片手でもギリギリ持てる大きさだ。

このZenFone 3 Ultraはいわば「プレミアムな小型タブレット」という位置づけの製品である。高品質なタブレットはiPadやSamsungなどの高価格な製品しか無く、本体サイズも9インチ程度からと比較的大きい。手軽に大画面を使いたい、しかし製品の品質にはこだわりたい、と考える先進国の消費者にとって、現状はその回答となる製品が無いのが実情だ。同類の製品は2013年にSonyが出した「Xperia Z Ultra」(6.44インチ)以降、目立った製品としては2015年発売のHuaweiの「P8 Max」(6.8インチ)くらいしかない。Sonyがその後製品開発を中断したということはこのサイズの市場はニッチなのかもしれないが、中国やアジアではP8 Maxの人気が高いという話も聞かれる。
ZenFone 3 Ultraはサイズの大きさだけでも目立つ製品であり、ライバル機種がほとんどないことから話題にもなりやすい。ZenFone 3の3モデルの中でもまさにニッチな製品といえるだろうが、広告塔としての役割だけでも大きな効果が得られるだろう。そしてもちろん、プレミアム小型タブレット市場でP8 Maxと互角に戦えるスペックと質感も持っている。
これまでのZenFoneシリーズはミッドレンジモデルのバリエーションを増やし、価格で勝負してきた。だがZenFone 3は「新興国」「先進国」「ニッチ市場」という、3つの市場向けの製品を分けたことで、あらゆる国をターゲットにすることができる。もちろん国によっては3つのすべてのモデルを投入するだろうし、先進国ではZenFone 3 DeluxeをイチオシにしながらZenFone 3も展開していくだろう。ターゲット層を広げたASUSの2016年のスマートフォン戦略、果たしてどのような結果となるか来年が楽しみである。