これが日本のデータサイエンス教育標準カリキュラムだ!【後編】|上松恵理子のモバイル教育事情

これが日本のデータサイエンス教育標準カリキュラムだ!【後編】|上松恵理子のモバイル教育事情

前回はデータサイエンス・カリキュラム標準策定のいきさつについてでしたが、今回の後編ではこれに関わる社会的背景も含めて、佐賀大学の掛下 哲郎先生に引き続きお話を伺いながらご紹介いたします。

前編はこちらから。

[プレスリリース] データサイエンス・カリキュラム標準(専門教育レベル)の公開
https://www.ipsj.or.jp/annai/committee/education/public_comment/kyoiku20210415.html

データサイエンス教育がもたらす未来とは

上松:「コンピュータを忠実な道具として人間が使いこなす」ということは、人口減少の日本では必須なことですよね。

掛下先生(以下、掛下):人口減少、特に少子高齢化の影響は既に出始めていますね。年金問題もそうですし、定年延長もそうです。60歳を超えても仕事をすることが求められる時代になりつつあります。肉体労働が必要な仕事は、コンピュータが制御するロボットが行うようになるでしょう。その中で、人間は独創性を発揮したり、責任を負ったり、人と人をつないだりといった、コンピュータではできない役割を担うことが求められるようになると考えています。
そのためにはコンピュータを道具として使いこなす能力が求められるわけです。データサイエンス教育が注目を集めているのは、それがビジネス上の収益を生み出すことが期待されている面も当然ありますが、ソーシャル・イノベーションを起こして社会全体を変革し、人間がより人間らしく生きられるような社会を創るためでもあると考えています。

上松:ヨーロッパでは、デジタル人材を育てることの歴史は日本より長いと思いますね。そもそも海外からの移民で成り立っていますから、人材確保の面ではどうしてもデジタル人材が必要だったという背景がありますね。

掛下:今のヨーロッパでは若年層の失業率が増えていて、大学を出ても仕事がないし、仕事を作り出さねばならないという国が増えていますね。20代の若者から見ると、親の世代が社会の中核を担っていますから、自分たちの子供たちに職場を確保したいということが、政治でも経済でも重要視されます。データサイエンティストなどのデジタル系の人材を育成しなければならないということは、こうしたことが背景になっています。

上松:それが、私たちが翻訳し参考にしたEdisonプロジェクトの背景ですね。日本の場合も若年労働者人口は少なくなってくるので他人事ではありませんね。

若者たちのイメージ

「モデルカリキュラム」と「スキルチェックリスト」

掛下:情報処理学会でカリキュラム標準J17について検討した時に、データサイエンス分野についても検討WGを作りました。しかし当時は、標準的な取り組みとして参照できるものがありませんでした。私はスタンフォード大学を訪問してACMのComputer Scienceカリキュラムの主査をされた先生の話も伺いましたが、データサイエンス教育を実施している学科は、数理統計学を基盤とするもの、データベース技術を基盤とするもの、AI技術を基盤とするものなどがあり、それぞれ中身が全然違うという状況でした。

上松:もちろん当時の日本にもなかったですよね。

掛下:はい。2017年時点ではそうでした。しかし、2019年に政府がAI戦略2019を出して数理・データサイエンス・AI人材の育成目標を打ち出してからは状況が変わってきました。
数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムは、政府とも連携して、すべての大学生を対象とするモデルカリキュラム(リテラシーレベル)を策定し、2020年3月に公表しました。また、2021年3月には大学生の約半数を対象とする応用基礎レベルのモデルカリキュラムを公表しています。

これらのモデルカリキュラムはデータサイエンス分野を扱っています。しかし、一般教育を対象としているため、リテラシーレベルで2~4単位、応用基礎レベルで4単位程度と、ごく小規模なものに留まっています。これに対して、情報処理学会のデータサイエンス・カリキュラム標準は、データサイエンス分野の専門教育を対象としており、単位数も60単位規模と、内容も大幅に拡充してあります。
IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)はDX人材の育成を推進するためにITSS+を策定しています。この中にもデータサイエンス領域が設定されていますが、そこで参照されているのが、データサイエンティスト協会が策定しているスキルチェックリストです。
情報処理学会は、認定情報技術者制度(CITP)という高度IT技術者を対象とする資格制度を運営しています。データサイエンス・カリキュラム標準を策定するに当たっては、このカリキュラム標準に基づいた教育を受けた学生が、将来はデータサイエンティストとしてCITP資格を取得できるように、データサイエンティスト・スキルチェックリスト(★レベル)を参照しています。また、データサイエンティストにCITP資格を付与するための準備も進めています。

オンライン学習のイメージ

海外のデータサイエンス・カリキュラム標準策定

上松:データサイエンス分野のカリキュラム策定は海外でも進んでいますよね。

掛下:はい。欧州ではEdisonプロジェクトが進んでいます。このプロジェクトでは、データサイエンティストに求められる能力を明確化した上で、それを踏まえてデータサイエンス教育を設計しよう、という思想になっており、DS-BoK(Data Science Body of Knowledge)が整備されています。また、大学の専門学科でデータサイエンス教育を行う際の標準的な時間数の目安も知識領域(Knowledge Area, KA)毎に示されています。
情報処理学会でデータサイエンス・カリキュラム標準を策定する際にはこれらを参照しました。ただ、教育内容や達成度が十分には具体化されていないため、カリキュラム標準を策定する際には、その部分を補強する必要がありました。
米国では、世界最大のコンピュータ学会ACMがデータサイエンス分野の標準カリキュラムの策定を進めていました(http://dstf.acm.org/)。2021年1月に最終版が公表されたのですが、数理統計分野やビジネス分野に関する内容が乏しいことや、データサイエンティスト資格との連携がない点が課題としてありました。そこで、情報処理学会でデータサイエンス・カリキュラム標準を策定する際には、これらの点について拡充を図りました。また、Edisonプロジェクトの成果も参照しながら、教育項目毎に標準的な時間を割り当てました。
こうした取り組みを通じて、情報処理学会のデータサイエンス・カリキュラム標準は、国際的に見ても同等性が確保されています。様々な取り組みの良い点を取り入れることで、これが可能になりました。もちろん、日本における大学教育の現状などを踏まえて、いくつかの修正を施してあります。

既存のものをベースに考えて日本に合わせている素晴らしいものになりましたね。

掛下:ありがとうございます。既存の取り組みをベースに組み合わせることで得られるメリットはたくさんあります。国際的通用性の確保もその一つですし、根拠が明確なので、合意を得やすくなります。ただ、異なる取り組みを統合する過程で、色々な調整も必要になりました。データサイエンス教育委員会での作業の多くは、この部分に費やされたと思います。

オンラインを活用したデータサイエンス教育の拡大

ビッグデータ、AI社会のイメージ上松:ありがとうございます。そろそろ終わりに近づいてきましたが、最後に一言頂きたいと思います。

掛下:これからの課題は、策定したカリキュラム標準を大学に広めることが挙げられます。その際には、大学が個別に取り組むのではなく、オンラインで連携して取り組むのが良いのではないかと考えています。日本だけではありませんが、新型コロナウィルス感染症をきっかけにして、オンライン教育が大学に普及しました。同期型のライブ授業、非同期型のオンデマンド授業、進んだ大学ではハイフレックス授業などのハイブリッド授業に取り組んでいるところもあります。
オンライン授業の技術を活用することで、異なる大学の学生が、空間や時間の壁を超えて同じ授業を受けることができます。また、複数の大学の先生が協力して授業を分担することも可能になります。
文部科学省は大学設置基準を改正して、複数の大学が連携して科目や教育プログラムを開設できるようにしました(大学等連携推進法人)。著作権法も改正され、授業目的での公衆送信(インターネット配信)が行いやすくなりました(授業目的公衆送信補償金制度)。こうした制度を活用して、大学間の遠隔連携が進むことを期待しています。

上松:掛下先生ありがとうございました。委員長の加藤先生(放送大学)をはじめとしてデータサイエンス教育委員会の皆様、お疲れ様でした。

掛下 哲郎先生
掛下哲郎先生と筆者、インタビューの様子

前編はこちらからご覧ください。

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