海外トップ大学のオープン講座をネットで日本語で、無料で学べるAsuka Academy(アスカアカデミー)。このAsuka Academyに関わっている方々のインタビューを通して全6回構成でご紹介する。
第1回はこちら。
海外トップ大学のオープン講座をネットで日本語で、無料で学べるAsuka Academy(アスカアカデミー)。このAsuka Academyに関わっている方々のインタビューを通して全6回構成でご紹介したい。 筆者は2013年5月設立準備開始[…]
第5回はAsuka Academyの授業を実際に大学で使っている田名部教授にインタビューを行った。
日本が抱える “未来に必要な人材” の育成課題
上松:田名部先生の大学にお伺いした時のことを覚えていますが、教育に関する色々な取り組みをされていて素晴らしいと思いました。さらにあれから進んでいますね。
田名部教授(以下、田名部):これからの時代のニーズに沿った人材を育成していかないといけないことは政府も認識しています。また、サイバーセキュリティやデータサイエンスといった分野も大事ということで、大学でも教育する方向にしないといけないとAsuka Academyに出会う前から感じていました。
実際、競争的資金への応募においても、数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度による認定を受けていることが求められるようになってきました。しかし、教育デザインにぴったり合う教材がない場合、その作成に時間を取られてしまうことが課題でした。大学としてはスピード感が必要と思っていました。
上松:確かに色々な問題が出ていますが、とにかく人材育成には時間がかかります。社会から求められる人材を育成しようとしても、そういった人材の不足はしばらく続くでしょう。また、人材育成を受けた優秀な方ですと、それなりの報酬がないと海外に流出してしまいますね。そういった意味では、人材育成にはもっとお金をかけなければならないと感じます。
田名部:日本の教育は、コスパの面から言えば群を抜いて良いという話がありますよね。一見いい話のように聞こえますが逆で、教員の多くは公共的使命感を持って教育に従事しますので、報酬以上に頑張ってしまうんですよ。日本は、教育や人材育成に携わる方々にもっと投資すべきだと思います。例えばシンガポールは、資源が少ないので経済発展のために人材育成を重視する政策をとっていますよね。
上松:日本もシンガポールのように未来に必要な人材をどんどん育成するべきですね。
ところで、先生は大学ではどのような分野で教育を展開されているのでしょうか。
田名部: いまのところ2つの柱があります。ひとつ目はビジネスや社会の課題に対する解決策を提供する情報システムの開発や利用に関わる技術的問題と行動的問題を、組織・マネジメント・情報技術の次元から探求する経営情報学と呼ばれる分野です。
ふたつ目は、現実世界の一部をモデル化し、そのモデルが作りだす世界の中で、人間が環境と相互作用しながら主体的に振る舞うことを通じてシミュレーションを進行させるゲーミングシミュレーションと呼ばれる方法論の経営課題や教育への応用です。
翻訳プロジェクトによる「共修」を授業に
上松:これは新しい分野ですね。さて、Asuka Academy の翻訳ボランティアをお知りになったきっかけと、取り組みにいたった経緯、期待した学習効果などについてお話をお願いします。
田名部:2015年6月のことです。そのとき、私は情報基盤センター長だったのですが、副センター長(当時)の徐浩源先生と一緒にAsuka Academy事務局の中村久哉氏とMITコンピューティング講座翻訳と活用に関する意見交換を行う機会がありました。当時、横浜国立大学は、学部によらず全学生が学ぶ全学教育としてアカデミック・リテラシー、シビック・リテラシー、情報リテラシーという3つの柱を実装する段階にあって、情報リテラシーの中で、プログラミング言語Pythonの導入的な内容を全学生に提供しようという計画がありました。
上松:当時、そのお話はお伺いしています。こういった様々なリテラシーの大切さは研究者としても実感しています。
田名部:Pythonを選んだのは、それが世界的に見て広く大学教育で使われつつあったからですが、Pythonを大学の標準プログラミング言語に位置付けようと狙っていた矢先に、Asuka Academyの中村理事から、MITのコンピュータサイエンスとプログラミング入門という科目の動画コンテンツの翻訳のお話をいただいて、「これだ!」と思いました。
最初、中村氏からは翻訳ボランティアの募集に協力してほしいというお話だったのですが、いろいろ話しているうちに、知識の背景やスキルが異なるチームによる翻訳プロセスを通じた共修を狙いとした授業科目のアイデアが浮かびました。それで、2015年10月から、ICTナレッジマネジメント・コラボレーション(略称 ICT KMC)という一風変わった名前の科目を開講することになりました。
上松:授業のアイデアが浮かんでから実際の開講まで、ものすごく早いですね。
田名部:ええ。急な開講でしたから学生からの認知度も低いだろうと考えて、受講者を募るためのプロモーション動画を映画研究部に作成してもらいました。開講以来、受講生は複数の学部にまたがり、また留学生も参加してくれて、とても多様性の高い授業環境となりました。
そして開講してから4年後の2018年度には、中国の大連理工大学の先生にも協力してもらって、2大学で翻訳を行い相互にレビューするという国際連携教育も実践しました。
またコロナ禍では、聴覚に障がいのある学生さんの学修を支援するために特別な体制整備と環境構築を行なって、オンラインによる授業運営も行ないました。
国際共修教育や教育におけるダイバーシティ対応など様々な経験知を獲得することができました。
「ICTナレッジマネジメント・コラボレーション」とは
上松:「ICTナレッジマネジメント・コラボレーション」の授業ではどんなことをされていらっしゃるんですか。
田名部:この科目は、MITやスタンフォード大学などのオープンコースウエア(OCW)、最近ではOER (Open Educational Resources)と呼ばれているオープンな教育資源として提供されている動画コンテンツに日本語字幕をつける翻訳プロジェクトへの参加を通じて、プログラミングや統計学などの個別領域の知識、プロジェクト・マネジメント基礎スキル、ICT利活用スキル、コミュニケーションスキル、ナレッジマネジメント・スキル、コラボレーションスキルなどを獲得させることを意図しています。
受講生の授業への取り組み成果が社会貢献につながる授業をやりたいと思っていたところに、Asuka Academyさんからの翻訳ボランティアのお話をいただき、受講生が翻訳プロジェクトに関わるという授業デザインを考えました。
授業の詳細はこちらをご覧ください。
オープンエデュケーションを活用した大学正規授業の展開:適応的熟達化を目指して
上松:グッドタイミングだったんですね。
田名部:この授業では、これまで多くの留学生が日本人学生とチームを組み翻訳プロジェクトに参加してきました。その意味では、本学のグローバル教育にも微力ながらその役割を果たしていると考えています。
上松:どんな方法で授業を進めているのですか。
田名部:基本、MITの動画コンテンツの内容に関しては、学生から質問があってもすぐに教えはしません。むしろ、疑問や課題の解決へのファシリテーションに徹します。
上松:素晴らしいですね。評価はどのようにされるのでしょう。
田名部:評価は、プロセス評価およびグループによる最終プレゼンテーションで行なっています。最終プレゼンテーションでは、授業を通じて何を学んだかをルーブリック評価項目に合わせて発表してもらい、質疑応答を行います。
上松:受講生からの授業に対する評価はどうですか。
田名部:MITの授業がとても良くできていて、すでに多少知っている内容についても、授業で取り上げられた事例とその説明によって対象への理解をより深められる、という声が例年聞かれます。MITの授業は、教員の視点から見ても良く考えられていて学ぶべき点は多いと感じます。
また翻訳という作業は、英語としての意味理解以上に、語られている内容をしっかりと理解したうえで行わないと適切な訳をつけられません。そのため翻訳という作業自体が、対象に対する深い理解に寄与していると思います。
一方で、英語自体の意味理解が授業内容と一致しないことも多々あります。英語文のさまざまな解釈の可能性を、専門分野や得意分野が異なる受講生同士で探るというプロセスもまた、英語力の向上に一役買っていると思われます。ただし、これらの教育効果を主張するには、精密な検証が必要ですが。
授業の中では、効率的な翻訳作業に関する獲得した知識も積極的に共有させていて、チーム作業や自身の学びを一段階上の視点から見る機会も設けていますので、それに関する気づきもあるようです。
上松:翻訳プロジェクトでは、多様な学びが得られるんですね。学びのプロセスから得られた成果物がまた他者の学びのために使われるというのも面白いと思います。
既存事例ページもご参照ください。
https://www.asuka-academy.com/case/index.html
田名部 元成 氏 プロフィール
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授、学長補佐。経営学部および大学院国際社会科学府経営学専攻において、経営情報学とビジネスシミュレーション関連科目を担当。全学教育では、グローバル教育、数理・データサイエンス教育にも携わる。
《横浜国立大学:大学紹介》
神奈川県下にあった神奈川師範学校、神奈川青年師範学校、横浜経済専門学校、横浜工業専門学校を母体として設置された。学部は、教育学部、経済学部、経営学部、理工学部、都市科学部の5学部で構成。大学院は教育学研究科、国際社会科学府・国際社会科研究院、理工学府・工学研究院、環境情報学府・環境情報学研究院、都市イノベーション学府・都市イノベーション研究院、先進実践学環の6大学院が設置されている。
横浜国立大学 正門/キャンパス風景
Asuka Academy 理事
【会長】大久保昇(株式会社内田洋行 代表取締役社長)
【理事長】岸田徹(株式会社ネットラーニング 代表取締役会長)
【理事】青木久美子(放送大学 教授)
【理事】上松恵理子(武蔵野学院大学准教授)
【理事】加來賢一(株式会社クリエイティヴ・リンク ディレクター)
【理事】重田勝介(北海道大学情報基盤センター 准教授、OE Japan 代表幹事)
【理事】深澤良彰(早稲田大学 理工学術院 教授、大学ICT推進協議会 会長、JMOOC 副理事長)
【理事】堀田一芙(株式会社内田洋行 顧問、株式会社オフィスコロボックル 代表取締役社長)
【理事】村上憲郎(株式会社村上憲郎事務所 代表取締役 (元Google Japan 代表取締役社長))
【理事】山本忠宏(株式会社マークアイ取締役 COO)
【事務局長、常務理事】中村久哉(株式会社ネットラーニング 品質管理部 部長)
【監事】岸田敢(株式会社ネットラーニングホールディングス 代表取締役会長兼社長)
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連載:海外トップ大学の授業が学べるAsuka Academy
第1回「MOOCの進化とオンライン教材の今」(重田理事インタビュー)
第2回「スキルアップへの活用とは」(中村理事インタビュー)
第3回「アメリカ導入時の状況からみたオープンエデュケーション」(青木理事インタビュー)
第4回「データドリブンの時代が来た」(深澤理事インタビュー)
第5回「翻訳プロジェクトを通じた未来人材の育成」(田名部教授インタビュー)【本記事】
第6回「日本語の壁を取ればMOOCが日本を変える」(山本理事インタビュー)