中国の老舗スマートフォンメーカー「Meizu(メイズ、珠海市魅族科技有限公司)」が「星紀時代(湖北星紀時代科技有限公司)」に買収された。
星紀時代は中国大手の自動車メーカーを持つ「吉利(浙江吉利控股集団)」の傘下でスマートフォンの開発を目的に2021年に設立されたメーカーだ。両者の統合で中国の自動車産業はスマート化の加速がさらに進むだろう。
Meizuの創業は2003年。当初は音楽プレーヤーを手掛けていたが、2009年に中国国産初のスマートフォン「Meizu M8」を発売し、その後ハイエンドスマートフォンを次々と展開していく。
2015年にはアリババグループから5億9000万ドルの出資を受け、また中国最大手ECの京東(アリババグループのライバル)と年間60億人民元の端末購買契約を締結するなど、中国スマートフォンの「顔」としてメジャーメーカーとなった。しかし2012年に参入したシャオミがMeizuを上回る高性能・低価格スマートフォンを次々と出していく中で、Meizuの地位は年々低下してしまった。今では少数のモデルを展開するにとどまっている。

一方吉利グループといえば1997年から自動車を製造している吉利汽車が2010年以降投資を加速し、2010年にボルボ、2018年にはダイムラーの筆頭株主になっている。今やEVや自動運転の開発にも注力しており、インテル傘下のモービルアイと特定条件下で完全な自動運転を可能にする「レベル4」対応のEVを2024年前に発売する予定だ。スケジュール通り登場すれば同社のコンシューマー向けレベル4対応自動車は世界初の製品となる。
スマートフォン市場はすでに大手メーカーの寡占が広がっているが、2019年に吉利は星紀時代を立ち上げこのレッドオーシャン市場に参入を図ろうとした。その理由の1つは自動車のスマート化が進むことで自動車を操作するOSや通信設備が重要なものとなり、スマートフォンの技術が自動車開発にも必要となったからだろう。
またもう1つの狙いは高価格スマートフォン市場への参入だ。世界のスマートフォンの出荷数シェアは1位サムスン、2位アップル、3位シャオミと続く。しかしIDCの調査によると、800ドル以上の超プレミアムスマートフォンではアップルが世界シェアの7割を握っている。中国市場を見るとiPhone人気は強く、プレミアム価格帯モデルを多数展開していたファーウェイは失速、サムスンは中国国内では存在感すら出せていない。中国のプレミアムスマートフォン市場は「iPhone一色」という状況だ。

星紀時代はそんなプレミアムスマートフォン市場に吉利の自動車のブランド力も武器に乗り込もうとした。しかしスマートフォン外観をどれだけ美しく作れようにも、OS(ユーザーインターフェース)の作りこみや通信モジュールの組み込みノウハウは一朝一夕にできるものではない。ゼロから立ち上げ軌道に乗せるには時間がかかることを考えると、スマートフォンの開発能力に長けているメーカーで、自社でコントロールあるいは買収できる企業との提携が手っ取り早い。Meizuは吉利にとって唯一無二の強力関係を結べるメーカーだったということになるのだ。
MeizuのスマートフォンはAndroid OSをベースに独自のUIを搭載した「Flyme OS」を搭載している。Flyme OSはスマートフォン以外への展開も図っており、2021年3月には「Flyme for Car」を発表。吉利汽車のEVへの採用も決まった。実はこの時点で両者はすでに買収に向けての動きは水面下で動いており、今回の買収も急に決まったものではないだろう。
中国ではスマートフォンメーカーと自動車産業の統合は今回が初めてのことではない。
目立った動きを見てみると、ファーウェイは重慶小康工業集団(Socon)と提携し2021年4月から自動車に参入。2022年3月にPHEV「AITO問界M5」の販売を開始。7月には「AITO問界M7」を発表した。
AITOはOSにファーウェイ開発の「Harmony OS2」を搭載した世界初の自動車で、スマートフォンとのシームレスな連携が可能である。スマートフォンを鍵代わりに使い、エンジンをかけたり空調のコントロールもスマートフォンから行える。あるいはスマート家電とも連携でき、自動車で帰宅し車庫に入れているときに自宅内の照明やエアコンを自動でONにするといったこともできるのだ。

またシャオミも2021年9月にEV事業「小米汽車」を設立。今後10年間の投資額は100億ドルの予定だ。こちらも既存のシャオミのAIoT製品との連携を通し、スマートな生活の中に自動車の利用も取り込もうとしている。
自動車のスマート化という点で中国は他国より勝っている点が多い。国土は広いが5Gネットワークは急激に拡大しており、2022年6月末時点で5G加入者数は9億弱に達している。また都市開発も政府主導で時には強引ながらも速やかに進めることが可能で、自動運転に適した街づくりも一声で可能だ。地方都市も自動運転のテストベッドを提供しようと自動車メーカーの誘致合戦を行っている。
このように中国では自動車のスマート化に対する研究が国レベルで急速に進んでおり、この動きに乗り遅れまいとあらゆる産業が参画を計ろうとしている。スマートフォンメーカーは自動車メーカーと共にその中心的存在であり、ファーウェイやシャオミが投資を拡大するのも当然の動きなのだ。
中国の外ではテスラやアップルもこの分野に取り組んでいるが、中国の動きの速さに対抗するのは容易ではない。特にアメリカ政府は中国の技術を封じ込めようと躍起になっているが、海外に出れなくなった中国企業は研究開発費をさらに増やし、中国国内へ技術の反映を進めている。自動車のスマート化では中国が世界をけん引する存在になることは間違いないだろう。
さて今回の買収後、Meizuは今まで通り自社ブランドでスマートフォンを展開していく予定だ。ライバルとの戦いはし烈だが、資金面でバックに吉利をつけたことは大きい。またスマートフォンと自動車の連携など、Flyme OSの機能拡張にも期待できる。
星紀時代はどのようなプレミアムスマートフォンを出していくのか気になるところだ。中国ではすでに数社がプレミアムスマートフォンを出しているが、商業的に成功しているとはいいがたい。吉利汽車の高級車ユーザーを取り込むためにも、自動車との連携の強みを出せるかどうかが成功の大きなカギとなるだろう。

そして吉利汽車はコネクテッドカー、スマートカー、自動運転に向いたOSと通信システムを傘下に置いたことで、自動車業界での生き残りやグローバル展開の拡大に向け一気にギアを上げていくだろう。
日本では無名なスマートフォンメーカーの今回の動きが、中国そして世界の自動車産業に影響を与える存在になるかもしれない。