皆様、VRという言葉はご存じでしょうか。
VRとはバーチャルリアリティーの略で、コンピューターによって創り出された仮想的な空間などを専用のメガネなどを通して疑似的に体験できる仕組みのことを指します。
映画の世界でいうと、マトリックスやサマーウォーズに出てくることで馴染みがあるかもしれません。
VR技術の利点
このVR技術の利点として、主に「実際に見ることができない・難しいものを見ることができる」「バーチャルな”空間”で比較的実感を伴ったコミュニケーションができる」といったことが挙げられます。
「実際に見ることができない・難しいものを見ることができる」例としては、例えば以下のような例が挙げられます。
実物の用意が難しいものを再現したCGを、同じ空間で見ることができる
- 珍しい生き物や高価な美術品を再現した物を見ることができる
- 絶滅してしまった生き物や、既に存在しない遺跡などを復元したCGを同じ空間で体感できる
- 空想上の物や場所を具現化できる
現実を再現したCGにおいて、現実では不可能なことを行える
- 本来見えない機械の内部などを見ることができる
- 実際は目に見えないエネルギーや物質の動きを再現・可視化できる
一方で、「バーチャルな “空間” で比較的実感を伴ったコミュニケーションができる」という特徴も近年では注目されている用途の一つです。
個人の方でさまざまな機能の3Dモデルを作成してわいわい集まって楽しんだり、展示会やコンサートなどにも利用されています。
また、複雑な工程の予行演習を行うなど近未来の新しいメディアの一形態として利用できることが期待されています。
ところで、ウェブレッジでは郡山市より廃校を借り受け、「学校テストフィールド」として活用しています。

また各所には環境センサー等を設置しており、快適性の調査や分析も可能な施設となっています。
現在、VRの体験や活用について考えるうえで、先行事例などから学校や教育で活用する際に本格普及することを見据えてどのような観点が必要なのか確認するため、また我々が実施した際どのあたりにどういった困り事が発生するのか確認のため実施してみることにしました。
VR環境構築の経緯と授業デモの概要
まず、VRを取り入れる利点1つめの「実際に見ることができない・難しいものを見ることができる」という点について。
ゲームをはじめとして、バーチャル世界遺産巡りやバーチャル博物館などいろいろあります。
やってみて「ワー楽しい」「すごい臨場感!」と楽しんだものの、我々が楽しんでも教育として効果が適切に現れるのか判断できない部分がありました。
そこで、2つめの「バーチャルな “空間” で比較的実感を伴ったコミュニケーションができる」点について考えてみました。
教育現場においては近年各種ビデオ会議システムを用いたリモート授業が普及し始めているのですが、
私達もビデオ会議システムをよく使って業務などを行っています。
リモート授業においてコミュニケーション不足が指摘される中、より現実に近いコミュニケーション手段を取れるVR空間を利用することで、実在感とそれに伴うある種の連帯感を生み出せるのではないか?
こちらの内容であれば我々も課題点として教育と近いものを見いだせるのでは?
そう考え、テレワークと思考が近く、現在注目されている前述のVRを利用して「学校の授業参加」を想定して実験をしてみることにしました。
VR環境の学校教室とは
考えたものとしては、「教師と児童・生徒が皆VR空間上で授業をする」ものです。
N高の授業や海外の大学の講義で、既にVRを取り入れている所はあるようです。
ただ、一般の小中高校では実際に学校に登校してきた生徒・児童たちも教室にいます。
全員が同じ場所でコミュニケーションを取りつつ授業を進めるのであれば、わざわざVRを利用せずともこと足ります。
では、VRが最大限生かせる状態がどういった状態なのか考えた時、次のようなものではないかと考えました。
コミュニケーション用途としてVRが活きるのは「遠隔地にいる場合」「同じ場所に必ずしも集まれない場合」なのでは?
- 遠隔地に居住していたり、病気や家庭の事情で学校に行けない児童・生徒と実際の教室をつなげる用途で使用できないか。
- ビデオ会議よりもVR会議のほうがより実際の対人とのコミュニケーションに近い反応となった結果がある (注1)。
以上のことから、
● VRで教室以外から授業に参加する児童・生徒がいる
これらを踏まえた上で、どういったシチュエーションを想定して環境を作成するか検討することにしました。
参考:
注1) ACM Journals”Videoconference and Embodied VR: Communication Patterns Across Task and Medium.” ACM Digital Library, 2021, https://dl.acm.org/doi/abs/10.1145/3479597. Accessed 19 December 2022.
今回使用する機材
まず、VRを最大限に利用するためには「VRヘッドセット」が必要になります。
簡易的なVR体験であれば、ヘッドマウントケースにスマートフォンをセットして使用するタイプの「VRヘッドセット」を使用する手もありますが、今回はこれ1台で様々なVR体験ができるVRヘッドセットである Meta社製「Meta Quest 2」 を使用していきます。

「Meta Quest 2」のような「スタンドアローン型」のVRヘッドセットでは、別途PCを用意したりVRヘッドセットから各種ケーブルを延ばしたりする必要が無いため、使用者が遠隔地に居て技術的サポートを受けにくい今回のような用途にはうってつけです。
具体的な構成

- 「VR空間における複数人での会議・授業」に使用できる
- 「リアル空間の様子をVR空間から見られる」
- 「VR空間内に電子黒板の表示内容を複製して表示できる」
これらを実現するため、現在市場で購入することが容易なVRヘッドセット「Meta Quest 2」を使用して環境を作成します。
また、同じMeta社のサービスであること、入手性が高く相性もよいことから構築も容易であると考え、「Meta Horizon Workrooms」をソリューションとして選定しました。
リアル教室(現実に授業が行われる学校の教室)では授業において板書を行うことを想定し、板書内容をVR空間に投影するため「電子黒板」を利用します。
電子黒板とは、パソコンなどから資料を表示したり、その資料の上から書き込みを反映させたりという板書に必要な機能を盛り込んだ大型の液晶ディスプレイとその一連のシステムのことです。
コミュニケーション空間としての教室を担保するため、VR空間の様子を表示するディスプレイをリアル教室に設置してリアル教室の児童・生徒と教師からVR参加生徒を見ることができるようにします。
また、リアル教室の様子を映しVR空間に表示するためのカメラをリアル教室に設置し、VR空間からもリアル教室の様子を確認できるようにします。
この状態でならVR参加者は授業に参加できる状態になっているといえるのではないでしょうか。
この構成に至るまでの流れ
構成にあたり、「リアル教室」と「バーチャル教室」で同じような授業体験ができる事を目指しました。
リアル教室とVR環境の両方に児童・生徒がいる状態でVRヘッドセットを着けてしまうと、教師はリアル教室とVR環境の両方の状態を同時に確認することが難しくなります。
よってVR教室では「教師の姿および板書映像は空間に投影する形を取る」ことにしました。
この構成の場合、
- VR空間上に複数の参加者がいる場合のVR参加者同士のコミュニケーション
- VR参加者がただの画面越しの場合に比べ、より現実感を持って授業に望める
この2つの利点を得ることができます。
一方のリアル教室での授業参加者は、教室に設置されたVR空間の様子を写したディスプレイにより、VR参加者のアバターの身振りが見えるので「コミュニティとしてのクラス」の一体感を多少感じやすくなるかもしれません。(コミュニティとしてのクラスの維持には貢献するかもしれません)
また、VR参加者が複数いる場合でも、その参加者同士で身振りを活用したコミュニケーションなどを行うことができるので、少なくともVR参加組においても一体感を感じることができそうです。
VR学校環境で授業をおこなっている様子
それでは、実際に授業でVRを使用している様子を見てみましょう。



こちらはバーチャルホワイトボードを使用した様子。共同で編集することもできて便利です。
振り返り、よかったところ
VR参加者同士は「そこに居る」実感がすごい

現在、主にリモート授業やリモートミーティングなどの遠隔コミュニケーションにはビデオチャットが用いられており、
「相手の表情と声が聞こえれば変わらないのでは?」と感じられる方も多いかもしれません。
VRを使用した場合、「相手とまさにその場所で交流している」という実感がより大きく感じられました。
その実感をもたらすものとして、以下のような要因があるのではないか、と考えました。
● 「窓」越しにコミュニケーションを取っているような通常のビデオチャットに比べ、「一つの空間」で相互に身振りなどを交えたコミュニケーションを行えること
- VR空間上では各々の位置関係に応じて音声が「そこから聞こえる」ように再生される
- 「首を動かす」などの無意識下に近い行動が視界に反映され、没入感を高めている
やはり「同じ空間にいる」という実感は大きく、現在のリモートワークやリモート授業において課題とされる「コミュニケーション不足」を解消する一つの可能性になりあるのでは、と感じました。
振り返り、より良い授業に向けて工夫が必要となるところ
VR着用者の表情が見えない
VRヘッドセットを着用しても、そのままでは着用者の表情や目線はVR空間に反映されません。
表情をVR上に反映するには、実際の着用者の顔をカメラや各種センサで取得しなければいけませんが、現在普及している多くのVRヘッドセットでは標準でこの機能を有していません。
これを解決するため、着用者の表情を検出するオプション機材をラインナップしているメーカーも存在します。
(着用者の目線をセンサーで取得する「アイトラッカー」、口の動きを読み取る「フェイストラッカー」、手足に取り着けることで動きを3Dアバターに反映させる各種トラッカー 等々……)
しかし、利用者にとってこれらのオプション機器は
- オプション機器をつけると機材の着用が煩雑になる
- 現状ラインナップに乏しく、VRヘッドセットの機種によっては非対応である
(今回使用したMeta Quest 2がこれに該当)
などの課題が残るほか、コスト的な面でも追加負担が発生することもあり、現在の技術および市場の流通状況などを見ると今回のような用途においてあまり現実的ではありません。
よって、コミュニケーションを声などの音声や身振り、文字の入力などに頼ることになります。
VRヘッドセットが身体に与える影響を考慮する必要がある
今回使用したヘッドセット「Meta Quest 2」は重量およそ500g程度であり、VRヘッドセットの中では別段重い部類ではありません。
しかし、児童・生徒が授業中常に着用する事を考えると、少々負担に感じる面もありました。
(今回着用したメンバーの中でも、長時間着用による首や肩への疲れを訴えるケースが見られました。)
また、視界を全面的に覆い、目を駆使する性質の機械であるため、視力の発達への懸念も無視できない要素です。
これら健康上の問題が発生しないよう、視力(メガネの有無も含め)・聴力・重量による骨の成長・発達への影響・重量バランスによる姿勢の変化など多くの細かい部分にまで十分な配慮が必要であると感じました。
(例:NHK放送文化研究所による記事「VR映像体験施設の業界団体が子どもの利用のガイドラインを施行」 など)
VR参加者とリアル参加者の間のコミュニケーションがまだまだ取りづらい
現状の環境では双方向共に1画面のカメラとマイクに依存しており、ネイティブにコミュニケーションが取れているとは言い難い部分があったため、更に工夫の必要がありそうです。
リアル教室にアバターロボット的なものを配置し、「リアル教室ではここに存在している」感が出せるような何かがあるともっと視線などコミュニケーションに必要な要素が反映されるのではないかと感じました。
総括
「リモート授業においてコミュニケーション不足が指摘される中、より現実に近いコミュニケーション手段を取れるVR空間を利用することで実在感とそれに伴うある種の連帯感を生み出せるのではないか」
こちらの内容に関しては一定の効果が確認できたと考えます。
また、教師が児童・生徒の状態を把握するうえでも、また児童・生徒同士がコミュニケーションを取るうえでもVR空間を活用することが有用です。
一方で構成を検討するうえで技術的課題点も多く、今回のような用途におけるVRの利活用は、目的に応じて時間の制限や危険性認知、利用時の効果などアプローチをしっかり選んで利用すれば十分な効果が得られるものであると感じました。
本記事を執筆した技術チームが所属する株式会社ウェブレッジは、高い技術力と独自のテストノウハウでワンランク上の品質を追求するソフトウェア検証・第三者検証を行う会社です。