日本と類似した通信市場構造の韓国で、MVNO利用者が急増している。低価格な通信費を武器に、この1年間で加入者数は一気に倍増している。
大手通信事業者3社「SK Telecom(SKT)」「KT」「LG U+(LGU)」が市場を独占する韓国。スマートフォンなど携帯電話端末は通信事業者を通して契約とセットで販売される市場構造は日本とほぼ類似している。但し韓国ではメーカーの力が強く、端末は事業者ブランドではなくメーカーブランドで販売される。ドコモのギャラクシーを買う」のではなく「ギャラクシーを欲しいが、さてどのキャリアにしようか」のように、初めにメーカーありき、なのが韓国なのである。
▼日本と似た市場構造の韓国。通信事業者や代理店の店舗は繁華街のどこにでもある(ソウル市内のKTショップ)
韓国にはSamsung、LGという世界シェア上位に名を連ねる2大メーカーが存在することから、海外の大型展示会で発表される最新機種もいち早く市場に投入される。だが人口5024万人(IMF推計)、携帯電話総契約者数約5450万(韓国政府未来創造科学部)という市場規模に対して最新端末の投入ペースや機種数は多く、端末価格は諸外国よりも割高だ。韓国も端末価格は通信事業者が決めるが、最新モデルは通常900万ウォンから1000万ウォン、すなわち10万円前後であることが当たり前になっている。各事業者は2年契約を結ぶことでこの高い端末価格を割り引いて販売する手法は日本と同様であるが、単体価格ベースで比較しても端末の価格は日本より割高である。
このように韓国では最新のスマートフォンを世界に先駆けて消費者が購入できる一方で、端末価格の高止まりが続いており通信費もなかなか下がっていない。2011年6月から開始されたLTEサービスではデータ定額も廃止され、高容量の利用者は3G時代に比べて高い基本料金を払わざるを得なくなっている。
▼SKTのLTE基本料金の例
だが最新のスマートフォンを買ってもその機能をすべて使いこなしている消費者の数は多いとはいえず、一方では1年前の機種であっても今でも使えるだけのスペックは備えている。メーカーや通信事業者が矢継ぎ早に投入する最新モデルも、新しい製品が好きなアーリーアダプタ層や最新機種をファッションのようにとらえる若い世代以外にはオーバースペックになりつつある。韓国では携帯電話事業者の代理店が新機種を販売する際に今まで使っていた機種を下取りし、そのまま中古で販売する動きが広がっているが、これも「1年前の中古スマートフォンでも十分」と考える消費者が増えていることを物語っている。
▼韓国のMVNO事業者、Hello Telecomの店舗
最新スマートフォンを使わなくてもいい、と考える消費者にとって最新端末の割引価格分が含まれている今の通信事業者の基本料金は割高だ。そこで出てきたのが安い価格でサービスを提供するMVNO()事業者である。韓国では政策として2010年から通信費の引き下げを狙い電気通信事業法を改正、MVNO事業者の参入を容易にした。法令では回線提供を行うMNO=親回線事業者の「SKT」「KT」「LGU」3社はMVNOに対して不当なサービスの制限を加えてはならないことになった。それでも当初は参入企業が増えなかったために2012年3月にはMVNO活性化総合計画を発表、そしてMNO系列事業者の参入も制限を加えながら2012年6月に解放したことなどにより、2013年末には28社がMVNO事業に参入している。
▼MVNOのEG MobileはコンビニでプリペイドSIMの販売も開始
MVNO事業者は基本的にSIMカードすなわち契約回線のみを販売し、端末は加入者が自ら用意する必要があった。以前であれば中古の一世代前のフィーチャーフォンを探したり、あるいは知り合いが新機種に買い替えた際にそのお古を譲ってもらう、といった方法で端末を入手することが多かった。だが前述したように中古端末市場が広がったことから、スマートフォンの比較的新しい機種を中古で安価に購入しやすいようになっている。
▼中古スマートフォンの販売も活発化している
さらにはMVNO事業者も通信事業者から一世代前のスマートフォンを割安で入手し、それを低価格で販売する例も増えている。そして今ではMNO事業者と変わらぬ最新モデルを販売しているMVNO事業者も出てきており、従来のMNO事業者の「高い基本料金+高い端末ー月々割引」ではなく「安い基本料金+端末を分割払い」という、消費者にとって自分の本当の支出額がわかりやすいビジネスモデルで攻勢をかけている。
韓国のMVNO事業者の現状を見てみると、2013年末のMVNO事業者合計の契約数は248万に達している。この数は携帯電話総総契約数の約5%に過ぎない。だが2012年には127万だった加入者がこの1年で倍増しておりその勢いは日に日に増している。特に2013年は下半期に郵便局と流通大手のEマートがMVNO事業に参入。都市部から田舎まで各地に広がる郵便局と24時間営業を行うハイパーマーケットのEマートが自ら携帯電話事業を開始したことで、それまであまり認知されていなかったMVNOの存在が大きく認知されるようになっているのだ。
▼韓国郵便局もMVNO事業に参入
ここで郵便局のMVNOは面白い結果が出ている。一番多い加入者の年齢層は40台で、端末はスマートフォンではなくフィーチャーフォンであるという。韓国では日本のLineに相当する国民的なSNSサービスはカカオトークだが、40台の消費者の中にはまだまだ音声通話とSMSで連絡を取り合う層が多いのだろう。スマートフォンは便利であるが子供の教育費などで家計が厳しい韓国人家庭にとって、お父さん世代の通信費を削減する手段として昼間郵便局に訪れる主婦たちがMVNOの存在に気づきはじめているのだろう。
一方、MVNOながらもLTEを利用可能な事業者も出てきている。。Annex Telecomはは2013年7月からSKT回線を利用したLTEサービスを開始、MNOのSKTより安い料金を打ち出している。韓国では1年前の古い機種でもLTE対応品が多いことから、LTE端末を格安で入手することも可能だ。MVNOの利用者は現時点ではまだまだフィーチャーフォンによる通話利用者が多いようだが、Annex TelecomのようにMNOと変わらぬ高速データ通信サービスを提供するMVNOも今後増えてくるだろう。
▼MVNOでもLTEを提供するAnnex Telecom
この勢いでMVNO利用者が増えてくれば、携帯電話契約数の10%を超えるほどの大きな存在になる日は遠くないだろう。そうなればMNO側も無視できる存在ではなく、共存する道を歩むことになりそうだ。MNO側はより高品質、高級、付加価値のサービスを常に開発しそれを提供するプレミアムなサービスプロバイダとして生き残りを図ることで、ライバルのMNO事業者同士の競争も激化し、その結果として携帯電話を中心とした国のICTサービスの向上も期待できる。一方MVNOは低価格を武器に低所得者層や2回線所有者向けのライトサービスとして生き残りを図りつつ、他社との差別化のためにMVNOならではの新しいサービスを提供するところも出てくるだろう。
日本でもスマートフォンの新製品ラッシュが続く中、新規契約時のわずらわしい多数のオプションサービスの加入やわかりにくい割引構造など、「より簡単にスマートフォンを契約したい」という消費者ニーズがこれから増えてくるだろう。韓国のMVNO事業者の動きは日本市場から見ても参考になる点が大いにあるかもしれない。
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