2020年オリンピックの開催地が東京に決まり、これから外国人受け入れのための様々な取り組みが本格的に開始される。その中でも外国人が簡単に利用できる無料WiFiサービスの拡充は最優先事項として整備を進めるべきだろう。海外からの渡航客向けの無料WiFiサービスは各国で提供されているが、シンガポールは国を挙げて大々的なサービスが行われている。スマートフォンを誰もが持つ時代となった今、シンガポールの取り組みは日本でも大いに参考になりそうだ。
シンガポール政府が普及を進める無料WiFiサービス
都市国家であるシンガポールは観光強化や海外企業のアジア支店を誘致するなど、海外からの渡航客を増やすことに大きな力を入れている。その一環としてシンガポール政府機関のIDA(Infocomm Development Authority of Singapore)が主体となって2006年から開始された無料WiFiサービスが「Wireless@SG」だ。
Wireless@SGはシンガポール国民が外出中や移動中でもインターネットに自由にアクセスできるようにすることで国民のIT利用を促進させるだけではなく、海外からの渡航客でもシンガポール滞在中にメールの送受信や観光案内をネットから入手可能にするなど、だれもが容易にインターネットを利用できることを目的としたサービスだ。政府主導による無料サービスは当然のことながら「官による民業圧迫」という問題も引き起こすが、シンガポールはIT国家としての生き残りを図ることを第一優先とし、政府主導で導入を決めた。なおWireless@SGのインフラは通信キャリアの回線を利用し、政府はその回線利用費を支払っている(2013年まで)。
シンガポール政府が進めるWireless@SG
Wireless@SGが始まった2006年は、まだiPhoneの初代モデルが登場する1年前だ。当時のターゲットユーザーは主にノートPC利用者であり、海外から出張でシンガポールを訪れた渡航客にとっては外出中の打ち合わせ先でもメールチェックや仕事の資料をダウンロードできるなど便利なサービスだったに違いない。当時はまだ1日単位で利用できる海外データ定額ローミングサービスも始まっておらず、ノートPCからローミングで通信を行うとあっという間に数万円、という時代でもあった。
Wireless@SGはシンガポールへの渡航者を引き寄せる目的も持っている
ちなみにローミングデータの割引は、たとえば2007年にアジアの通信キャリア連合「Bridge Alliance」が15MB/約3400円(Bridge DataRoam 15)のアライアンスキャリア間でのローミング割引パッケージを投入した。今や日本のキャリアで海外ローミングしても1日約3000円で定額利用できることを考えると当時はこれほど高い料金だったのである。なお日本のキャリア、ドコモの海外パケット定額サービス「海外パケ・ホーダイ」が始まったのは2010年9月だった。
Wireless@SG開始後は、シンガポールを訪れて一度でもそのサービスを利用した渡航者は次回以降もそのサービスを利用するだろうし、知人や友人、会社の同僚などにもその利便性を伝えていくだろう。Wireless@SGはシンガポール滞在中のネットアクセスの利便性を高めるだけではなく、シンガポールという国の魅力を広める役割も果たしてきたのだ。
スマートフォンをターゲットにエリアを拡大
IDAによるとWireless@SGの利用者数は2012年末で226万人に達しており、ユーザー1人あたりの平均利用時間は31時間/月とのこと。人口約500万、海外からの年間訪問者数が約1000万であることを考えると、まずまずの利用者率だろう。サービスエリアはシンガポール国内約1600箇所で、ショッピングモールやレストラン、ファーストフード店に広がっている。
そしてこの2014年1月には地下鉄28駅での試験サービスも開始された。今や移動中のネットアクセスはノートPCよりもスマートフォンやタブレットからの利用がはるかに多く、ファーストフード店で座席に座って利用するよりも、地下鉄での移動中にスマートフォンでソーシャルサービスのタイムラインをチェックする、という使い方が一般的だ。スマートフォンを持ち込む渡航者にとっても利便性は大きく向上するだろう。
地下鉄駅構内へのエリア拡大はスマートフォンユーザーを意識している
なお通信速度も当初の512Kbpsから2009年9月に1Mbps、そして2013年4月には2Mbpsまで高速化された。現在は3Mbpsの有料サービスも提供されている。2014年4月にはSIMカードを利用したログイン認証も追加され、スマートフォンやタブレットからの接続が容易になる予定だ。Wireless@SGの利用にはユーザー登録が必要だが、外国からの渡航者であればパスポート番号などを登録して利用できる。
さて日本でも訪日客をターゲットとした無料WiFiサービスはいくつか提供されている。大阪市や札幌市など、市町村レベルでのサービスも各地で始まっている。だが各サービスはそれぞれが独立・個別に提供されており、訪問先ごとにログイン方法やユーザーIDの取得方法も異なっている。空港でのアピールがあまりされてないケースもあるなど、外国人訪問客にとって使いやすいものになり切れていないサービスも多い。
大阪市の無料WiFiサービス。
今やスマートフォンを持って海外旅行へ行くことは当たり前となり、現地での地図・レストラン・観光地情報もスマートフォンで検索する時代だ。日本ではJNTO(日本政府観光局)が外国人旅行者増加へ様々な取り組みを行っているが、観光地としての日本の魅力の発信や日本の受け入れ側の外国人対応などを図るだけではなく、海外渡航者の多くが持ち込むスマートフォンを活用できるよう無料のWiFiサービスを国として整備するべきではないだろうか。
東京オリンピックはそのいい機会であり、日本の魅力を高めるためにも、東京のみならず日本全国どこからでもシームレスに利用できる無料WiFiサービスの整備を期待したい。
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