総務省は2015年から通信事業者が販売するスマートフォンなどのSIMロック解除を義務付ける方針を決定した。SIMロックとは特定の通信事業者のみでスマートフォンを利用できるように「鍵」をかけることであり、そのおかげで高価なスマートフォンも無料で購入できる。だがSIMロックが解除が義務図けられるとスマートフォンの販売価格にも大きな影響が出てくるかもしれない。
アジア各国はSIMフリー販売が基本
SIMロックの議論が行われる際には必ずと言っていいほど欧米のケースが議論される。だが日本の周りを見てみれば、韓国、中国、台湾、香港、シンガポール、フィリピンなど、どの国もすでにスマートフォンはSIMロックをかけずに販売されている。しかも通信事業者でスマートフォンを買ってもSIMフリーだ。

ではこれらの国でスマートフォンの販売が停滞しているかというとそんなことはなく、どの国でも販売は好調だ。もちろん日本には無い低価格なエントリーモデルも多数販売されているということもあるが、その一方ではiPhoneの新製品が販売される日にはどの国でもAppleストアに行列ができる。SIMフリー販売だろうとも各国で高価なiPhoneは売れまくっているのだ。
ではSIMフリーのiPhoneを各国ではどのように売っているのだろう?日本のように無料販売している国も多数ある。でも他社のSIMカードを入れられるSIMフリーiPhoneが無料で販売されてしまえば、すぐに解約されてしまいiPhoneを売った事業者は丸損になってしまう。実はiPhoneの無料販売にはしっかりと抜け道がふさがれており、通信事業者が損害を被ることの無いような契約が組まれているのである。

香港のSIMフリーiPhone無料販売方法
では香港の通信事業者でのSIMフリーiPhoneの販売方法を見てみよう。まず香港はAppleストアでSIMフリーiPhoneが販売されている。今回はiPhone 5s 16GBのケースで説明しよう。まずAppleストアでの定価は5588香港ドル(約7万3700円)となる。SIMフリー販売であるから結構な値段がするものだ。
これを香港の通信事業者、3HK(ハチソン)は2年契約を結ぶとHK$5088(約6万7200円)で販売する。すなわちAppleストアで買うよりも3HKで契約したほうがHK$500(約6500円)お得になるのである。これなら誰もが単体購入ではなく事業者で2年契約を結ぼうと考えるだろう。

次に3HKのiPhoneの料金プランは6種類あり、そこから希望のプランを選ぶ。ちなみに6種類全部のプランでiPhoneが無料になるわけではない。一番安い168香港ドル/月(約2200円)のプランではiPhoneの実質価格はHK$3380と、定価の約4割引に留まる。なおこのプランでは音声通話が1900分、データ通信が500MB利用できる(MNP時は1GB)。一方iPhoneを無料で購入したい人はHK$448/月(約5900円)のプランに加入する必要がある。こちらは毎月データが5GB(MNPで6GB)、音声通話は5500分利用できる。
ではHK$448/月プランに加入すれば、店頭で即座に無料でiPhoneが入手できるのだろうか?そうであれば極端な話、SIMカードは他の端末に入れて使い、すぐに解約してしまえばiPhoneを新品状態で転売する輩が出てきてしまう。ところがどっこい、契約条件はそんな単純なものにはなっていないのである。
まず料金表にある「Prepayment」の欄を見てみよう。これは「先払い」という意味だ。HK$168/月プランの場合は、iPhone代金HK$3380に加え、PrepaymentHK$1700が必要となる。つまり契約時にはこの両者の合算のHK$5080を支払う必要がある。同様にHK448/月プランに加入した場合のPrepaymentはHK$5080、iPhoneは無料ながら先払いとしてHK$5080を支払う必要がある。すなわちどのプランに加入しても、iPhoneの代金相当であるHK$5080を先に支払う必要があるのだ。

なお一括でいきなり約6万7000円も支払うのも大変だ。そこでこの額はクレジットカードを使い24回の分割で払うこともできる。車を買う時に現金一括で買う人がほとんどいないように、香港ではスマートフォンを買う時にはこのように先払い分を分割で払うことも多い。24回払いならば月々の支払いの負担も楽だろう。
ではこの先払いは何のために使われるのだろうか?日本の頭金とはちょっと意味が違うのだ。この先払い金額は毎月の基本料金に均等返金されるのである。つまり「iPhoneを割引販売しますよ、その変わり先にちょっとお金を預けてもらい、その分は毎月返しますよ」ということなのだ。
HK448/月プラン加入時のケースだと、iPhoneは実質無料。だが先払いとしてHK$5080を払う。このHK$5080は24ヶ月間毎月基本料金から割引される。計算すると毎月の割引分はHK$5080/24=約HK$212。ということで、HK$448/月支払うべき基本料金が、448-212=HK$236/月と、ほぼ半額で済むのである。
香港のスマホ市場は適正な方向に進んでいる
なんだか得したのかどうかわからないような気もするが、iPhone 5s 16GBを無料で受け取る代わりに、預け金としてHK$5080を渡し、その預けた分を毎月返してもらう、ということなのである。確かに毎月継続すれば基本料金も安くなり十分お得だ。でもお得な料金も支払いたくないと考え、契約を途中で解約した場合はどうなるのだろう?
日本では契約解除の違約金は1万円などと一定額と決まっているが、香港の場合は違約金は端末価格ごとに異なる。今回のように端末を割引購入した場合、その端末の割引相当分が違約金として一括請求される。また2年契約の途中解約時は、iPhoneのような高価な端末の場合は「2年契約が満了するまでの残りの基本料金すべて」となることが多い。つまり途中解約した場合は大損となってしまうわけである。
それでも例えば国外逃亡などして支払いを逃れたとしよう。その時でも、通信事業者側は最初に端末代金と預入金を受け取っているため、端末の代金のほぼ全額相当を回収している計算になるのだ。違約金でがっちりと縛るだけではなく、万が一逃げられても被害の無いようにあらかじめ端末相当分を前払いさせるわけである。なおそれでも先払いの分を支払わなかった場合、通信事業者ではなくクレジットカード会社から直接の取り立てを受けることになる。
このように複雑なようで実はシンプルに考えられているのが香港のSIMフリーiPhoneの実質無料販売方法だ。この方法だと日本でみられる「iPhoneを無料購入、毎月数百円(時には数円)で維持」のような極端に安い運用を行うことはできない。だが日本のiPhoneユーザー全員がそのような運用を行うことはできず、特定のユーザーだけが得をする状況になっている。これに対して香港ではiPhone無料販売はどの店舗へ行っても行われており、誰もが利用できる。限定の販売情報を日々ウォッチし続ける必要もないわけだ。
総務省のSIMロック解除義務化の狙いは大手の寡占解消や料金引き下げが期待されている。だがその一方で端末料金の引き上げも懸念されている。だが香港の例を見れば4社ある通信事業者がiPhoneの値段を引き下げようと料金引き下げや多様なプランの投入に動くなど、市場は適正な方向に動いている。また香港の事業者の中には長期契約者にはさらに割引を高めるといった優待を与えているところもある。日本のSIMロック解除がどのように行われるかは不明だが、SIMロック解除時代になれば今までとは全く違った料金や端末の割引が行われるようになるのではないだろうか?
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