毎年の夏休みや年末年始など、長期休暇が取れるときは海外へ行く人も多いだろう。最近では自分のスマートフォンをそのまま海外へ持ち出す人も増えている。携帯電話時代と異なりスマートフォン時代の今、現地での利用はデータ通信が主となるだろうが、各通信キャリアが割引パッケージを提供しているものの1週間も海外に出ていればその通信費も馬鹿にならない。
先月は香港でSIMフリーのiPhoneですら実質無料で販売されていることをことを書いた。香港ではSIMロックのかけられたスマートフォンは販売されておらず、国民全員がSIMフリー端末を持っているのである。ではそんな香港人たちが海外に行ったとき、現地ではどのようにスマートフォンを使っているのだろうか?
近場であればローミング、数百円の低価格プランも
香港人が最もよく訪れる海外、それは陸路で隣接している中国の都市深センだ。深センは世界のIT工場が集結しており、iPhoneの製造元でもあるフォックスコンや、SIMフリースマホの販売で一躍話題になりつつあるファーウェイなども工場を構えている。だが香港人にとって深センは「香港より物価の安い地方の都市」という場所であり、週末になるとショッピングや食事をしに訪問する人が多い。

では香港人は深センでどうやってスマートフォンの通信回線を確保しているのだろう?実は日帰りや1泊程度の滞在であれば、そのままローミング利用するケースが多い。日本の各キャリアの海外サービス同様、香港のキャリアも1日単位のデータローミングサービスを提供しているのだ。価格も日本円で1500円から2500円程度と手軽に利用できる。
また最近は特定のソーシャルサービス専用のローミングサービスもあり、そのサービス専用アプリを使う分には定額利用できる専用ローミングプランも出てきている。このサービスはシンガポールやマレーシアなどでも開始されており、Line、WhatsApp、Facebookなどのアプリを使う分には定額でローミング利用できる。香港でもHutchisonが約650円/日で同類のサービスを提供している。

このように「ちょっとだけ海外」という時は、日本の人たちとスマートフォンの現地回線の使い方はあまり変わらないかもしれない。ところが数日以上の滞在となる海外旅行では、SIMフリースマートフォンを持っているメリットを最大限に活かしているのである。
プリペイドSIM利用は当たり前
台湾に週末3泊4日で小旅行したり、あるいはフランス10日間の旅、といった時は香港人は現地でプリペイドSIMを買うことが当たり前になっている。ローミング代は高く、自分のスマートフォンや携帯電話がSIMフリーなので現地のプリペイドSIMの利用が可能であり、そして現地のプリペイドSIMの料金は安い。そのことを香港人はもう何年も前から知っているのである。
日本では最近になって訪日客向けにプリペイドSIMを販売、というニュースが大きな話題になっているが、海外からの来客向けのプリペイドSIMはもう10年以上も前から各国では当然のように販売されているのである。
筆者の過去の経験を話そう。香港から台北に飛行機で到着し、空いている時間だったためイミグレーションに並ぶのはほぼそのフライトの客のみだった。そして入国審査後に荷物を受け取り外に出ると、すべての客が同じ方向に足を向けていた。その先にあるのは空港の各キャリアのプリペイドSIM販売カウンター。降りた客のほとんどがその場に行列を作っていたのである。

今の時代は「総ソーシャル」時代だけに、渡航先でFacebookやWhatsAppを使い近況報告するのは当然の行為だ。台湾の例ではローミングは1週間も滞在すると1万円近くになってしまう。ところが台湾のプリペイドSIMなら1500円程度で済むのだ。多少並んでもプリペイドSIMを買ったほうがはるかにお得なのである。
もちろん時間の無い場合はローミングを利用したほうが手軽であるし、通信キャリア各社もローミング料金をを多様化させ少しでも海外で自社回線を使ってもらおうとアピールしている。また普段使っている番号に電話がかかってくることを考えると、音声通話だけでもローミング利用する人もいる。
香港キャリアが海外のプリペイドSIMを販売
それでも「ローミングは高い」とローミング利用を敬遠する人も多いのだ。そこで香港の通信キャリアが考えたのが「海外用のプリペイドSIM」の販売である。これは海外現地で売っているプリペイドSIMを、国内代理店としてそのまま販売するのではない。自社ブランドで海外で利用できる現地回線のプリペイドSIMを販売しているのだ。そのため料金は現地で買うプリペイドSIMよりは高い。だがローミング料金よりははるかに安い。
通信キャリアが海外用のプリペイドSIMを販売するということは、普段利用してもらっている自社のSIMをスマートフォンから外させ、現地の他社回線のプリペイドSIMに入れ替えて利用してもらうということだ。つまりローミング利用を一切放棄してしまうことになる。収益となるのは販売したプリペイドSIMのうちの、現地のキャリアに払った残りの分のわずかな金額となる。
だがそれでも海外用のプリペイドSIMを売ることで、今まではローミングを使わなかった人からも、プリペイドSIMの収益を得ることができる。ローミング料金の引き下げやパッケージの多様化をしたところで結局は現地のプリペイドSIMより料金は高い。ならば現地の空港で行列を作って買う手間が不要な現地用プリペイドSIMを売ってしまおう、と考えたわけである。
海外用プリペイドSIMは、MVNOの中国聯通香港(中国大陸の中国聯通の香港子会社がMVNOを展開)が中国用のプリペイドSIMを大々的に販売したのがはじめであり、その後日本用、韓国用、台湾用、ヨーロッパ用など様々な製品を揃えている。例えば台湾用は1週間データ定額で約3900円。現地SIMが約1500円なので倍以上の値段だが、それでもローミングよりも安い。そして何よりも空港でキャリアのカウンターに並ぶ必要も無いのだ。

中国聯通香港の各国用プリペイドSIMは今では香港のコンビニでも売られている。「そういえば来週から日本だったな、じゃぁSIMを買っておこう」のように手軽に買えてしまうのである。
中国聯通香港に続き、中国移動香港(こちらは大陸の中国移動が香港のキャリアを買収したMNO)も韓国用と台湾用のプリペイドSIMの販売を開始。またHutchisonは子会社を通じて3日用や5日用と言った海外各国で利用できるプリペイドSIMの販売を始めている。それだけ利用する香港人が多いということなのだろう。

さて日本もいよいよ来年には販売されるスマートフォンのSIMフリー化が義務付けられることになる。そうなれば海外旅行に行く際に現地のプリペイドSIMを利用する日本人も増えるだろう。だが普段使っている番号にかかってくる電話は逃したくない、そんな人向けにデュアルSIMのスマートフォンの利用も進むかもしれない。そして香港のように大手キャリアが海外用プリペイドSIMの販売を始めるかもしれないし、あるいは国際ローミングサービスを提供していない日本の各MVNOキャリアが、海外のMVNOと組んで現地用プリペイドSIMの販売を始めるかもしれない。
スマートフォンがSIMフリーになると、このような新しいビジネスが生まれるかもしれないのだ。いずれにせよSIMフリースマートフォンは日本人の海外渡航をより便利なものにするだろう。
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